大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(オ)1447号 判決 1988年1月18日

上告人

北里英昭

外一八名

右一九名訴訟代理人弁護士

青木幸男

被上告人

南小国町

右代表者町長

橋本公

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人青木幸男の上告理由について

原審の確定した事実関係は、(一) 本件各土地は、もと被上告人の前身南小国村の大字満願寺の所有に属し、字黒川部落を含む付近住民の採草放牧や自家用薪炭材採取等の入会地として利用されていたものであるが、国の部落有林野統一の方針に従い、大正末期に、入会住民全員の同意のもとに入会権の存続を条件として、南小国村に贈与された、(二) 右贈与の際付された条件には、「従来各部落民ニ於テ樹木竹ヲ植栽シ又ハ天然樹木竹ヲ保育シタルモノニ対シテハ其立木竹伐採ニ際シ保護報償トシテ関係部落民ニ其売却代金ノ十分ノ七ヲ交付シ村ハ十分ノ三ヲ収得スルコト」という条項があつた、(三) 南小国村は、本件各土地を含む入会原野の所有権取得にあたり、右条項の趣旨に沿つた部分林設定条例を制定し、入会住民が人工造林や天然の樹木を保護し、造林組合を結成して、右樹木の売却代金を同村と造林組合が三分と七分の割合で分収するよう奨励した、(四) 上告人らの属する字黒川部落の住民は、右条例に従つて、本件各土地上の天然の樹木を保護撫育し、造林組合を結成して、同組合名義で同村に伐採申請をし、これを受けて同村が右樹木を業者などに売却し、その代金の内三分を同村が取得し、七分を同組合に交付してきた、(五) 本件各土地上の天然の樹木である櫟の木については、昭和三〇年代以降薪炭材を採取する者がいなくなり、他方椎茸原木として市場価格が高騰したため、採草放牧地の整備管理作業の一環として入会住民が伐採するほかは保護撫育し、前記のとおり被上告人から造林組合名義で売却代金の七分の交付を受ける方法により収益してきた、というのであり、原審の以上の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし是認することができ、その過程に所論の違法はない。

右事実関係によれば、本件各土地に存在する入会権が入会権者らにおいて本件各土地上に生育する天然の立木を所有することを内容とするものであるということはできないし、本件においては他に本件各土地上に生育する天然の立木について土地の所有権が及ばない特段の事情が存在することの主張立証もないから、本件各土地上に生育する天然の立木については、土地の構成部分として、本件各土地の所有権が及ぶものというべきである。そうすると、本件各土地上に生育する天然の立木である櫟の木が本件各土地の所有者である被上告人の所有に属するとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤島昭 裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官香川保一裁判官奥野久之)

上告代理人青木幸男の上告理由

第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があり、民事訴訟法三九四条に該当し破棄を免れない。

一、原判決は、被上告人の予備的請求についての判断で、「1一般に立木法の適用のある樹木等特別のものを除き、土地に成育する天然樹木は、土地の構成部分とみられ、土地に対する所有権は右天然樹木にまで及ぶものと解される。2そして、この法理は、土地の上に共有の性質を有しない入会権が存在し、入会収益の内容が天然樹木の採取まで含まれる場合も異るところはないものであって、入会権者が天然樹木を採取できるのは、土地所有権の制限物権としての入会権の内容から来るものであると解するのが相当である。」旨判示している。しかしながら、右は入会権に関する法令の解釈を誤まっているものである。

二(一) 本件各土地(山林、原野)には、上告人ら入会集団が入会権を有している。入会権の内容は、慣習によって定まるものであって、その土地所有者が誰れであるか等とは全く関係のないことであり、入会権の内容は土地所有権によって規定されるものではない。

(二) しかして、入会権の客体は土地であり、入会権は地上の立木等を全収的に使用・収益し得る権利であって、わが国の法制上は入会権は物権であるから、これを有する入会集団は、その客体たる山林・原野に対する物権的支配権を有し、当該土地から産出される立木等につき、その所有権を取得するものである。

(三) 入会権は、わが法制上制限物権として構成されているが、このことから、直ちに地上立木等が土地所有権者の所有とみなければならないものではない。同じく土地を客体とする地上権(竹木を目的とする場合)、永小作権等の制限物権、あるいは賃借権たる債権においても当該土地の産出物たる地上立木等の所有権は土地所有者にあらず、右のような各権利者にあることは明らかである。そして、これら権利者が地上立木等を自由に使用収益・処分できるものである。この場合、当該土地についてその所有権者が、所有権を持っているが故に、一旦は産出物の立木等につき、その所有権を取得するとすれば、右の地上権者あるいは永小作権者は、土地所有権者から当該産出物の所有権をさらに譲渡受けなければならないことになり、如何にも、地上権あるいは永小作権の性質、効力に合わない不合理な現象が生ずる。

(四) また、本件上告人ら入会集団は、本件土地に生育する立木等につき、野焼き(これは害虫等の駆除、雑草の繁茂抑制等の効果があり、櫟立木の保護・撫育にも資する)その他、小さな櫟立木の伐採などを行ない、これを撫育していることからも、地上の立木等の所有権および収益権が上告人ら入会集団に属するものである。

上告人ら入会集団は、これまで本件土地に生育する立木等を利用、収益してきたものであるが、その際も、当然のことながら土地所有権者たる被上告人からこれら立木等の所有権譲渡等を受ける手続等をとってきたことはない。原判決は、右のような入会集団の立木等の利用、収益について、何ら合理的な説明を行なっていない。

三(一) 原審鑑定人中尾英俊教授は、入会権に関する優れた法理論的観点から、本件入会権につき、その歴史的経過、本件入会地域の慣習その他詳細な検討を加えたうえ、「かくして、かつて地盤毛上立木ともに住民の共同所有に帰属した共有の性質を有する入会地が部落有林野統一によって地盤が町有となり、その結果入会権が共有の性質を有しないものとなっても立木所有権には変動はない。そして立木所有権に変動を来たす旨の統一条件もなく、そのことについて入会権者の同意があった形跡はないから、当町有入会地上の立木は、入会権者の承諾を得て入会権者以外の者が植栽したものを除き、すべて入会権者に帰属する。入会権者の立木所有権を否定する如き条例(とくに第五条一項、二項、第八条二項、第二六条)は違法であり、この条例による部分林契約締結の有無にかかわらず地上立木はすべて入会権者に帰属する。」と結論づけた鑑定書を提出されている。この中尾鑑定にもあるように、本件入会地の地上立木等の所有権は、本件入会権者たる上告人ら入会集団に帰属することは明らかである。

(二) しかるに原判決は、この中尾鑑定にも何ら理由らしき理由を付せず、ただ相当でないと排斥しているが、これは全く誤まった判断であり、原判決は入会権に関する法令の解釈の誤まりを犯しており破棄を免れないものである。

四(一) また、原判決は「したがって、被控訴人の本件各土地に対する所有権は、その構成部分として本件各土地に成育する天然樹木である櫟の木まで及ぶものであり、入会住民である控訴人らは、櫟の木については、入会地の整備管理等のため必要がある場合に伐採できる外は、前記統一条件にしたがった、被控訴人からその売却代金からの七分の分収金の支払いを受ける方法で収益を得べきものである。と判示し、その理由を(イ)部落有林野統一による大正末期の本件各土地の旧小国村への贈與は、当時の入会住民全員の意思に基づくものであって、当時の入会住民は贈與に伴って櫟の木を含む本件各土地上の天然樹木の所有権を喪失したものであり、(ロ)右樹木に対する入会収益方法に関する慣習が、旧南小国村の部分林設定条例による指導や入会住民の職業の多様化、生活様式、農業の経営形態の変遷に伴って漸次変化し、現在において、櫟の木に関する入会収益の内容も前記のようなものであると認めるのが相当である。としている。

(二) しかしながら、原判決はこの点においても、全く誤りを犯している。すなわち、

(1) 一般論ないしは入会権等が存在しない土地については、なるほど原判決がいうように土地に対する所有権は当該土地に成育する天然樹木にまで及ぶことは当然のことである。しかし、本件の場合はこの土地の上に上告人ら入会集団の入会権が存在しており、この入会権がある場合は、前項で述べたように、土地所有権は制限物権たる入会権による制限を受け、地上立木等にまでその所有権が及び得ないのである。この場合は、入会権の効果として地上立木等の所有権は入会権者集団に帰属するのである。

(2)(イ) 次に原判決は、入会住民である上告人らは、櫟の木については、入会地の整備管理等のため必要がある場合に伐採できる外は、前記統一条件にしたがって、被上告人からその売却代金からの七分の分収金の支払いを受ける方法で収益を得べきものである、としているが、この点についても大きな誤りを犯している。

(ロ) 入会権を有する入会集団が、入会地の整備・管理等のため必要がある場合に、地上立木等を伐採できるのは、入会権の行使として、入会地の管理・整備を行ない得ることは極めて当然のことである。

(3)(イ) 原判決は「部落有林野統一による大正末期の本件各土地の旧小国村への贈與は、当時の入会住民全員の意思に基づくものであって、当時の入会住民は右贈與に伴って櫟の木を含む本件各土地上の天然樹木の所有権を喪失したもの」である旨判示しているが、これまた誤りである。

(ロ) 先ず、いわゆる林野統一における本件土地贈与は、当時の入会住民全員の自由意思に基づいたものではない。これは当時のいわゆる富国強兵策により、強権的に入会住民の意思を無視して強行されたものである。少なくとも、本件入会地についての統一には、入会集団は最後まで抵抗しており、自由意思による統一・贈与を裏付ける証拠は何もない。

(ハ) 仮りに百歩譲って旧小国村への本件土地贈与が、当時の入会住民全員の自由意思に基づくものであったとしても、統一条件付で贈与したものは、土地所有権のみであり、地上の立木等の所有権まで贈与あるいは放棄したものではない。現実にもこの統一条件付贈与の前後を問わず、本件土地についての入会権には何らの変化はなかったものである。右のような次第であるから、中尾鑑定にもあるように、それはせいぜい立木処分権の一部を被上告人に分与したに過ぎないものである。

(ニ) 前述のような統一条件付贈与にも拘らず、本件入会地においては、統一条件は全く適用されていない。

(a) 本件入会地の中には部分林契約が締結されている区域があるが、ここではその部分林契約の効力として契約の当事者である被上告人に収益の一部が分収されるが、部分林契約が締結されていない区域については、統一条件の存在にも拘らず、被上告人に分収権はない。いうまでもなく入会権の内容は、慣行によって規定されるが、本件入会地においては、この統一条件が作られた後も、上告人ら入会権者の入会権行使、従って使用収益行為には何らの変化がなく、入会権者独自で、入会地の櫟立木の伐採・換価を何一〇回となく行なってきたが、ただの一度たりとも被上告人と分収した事実はない。

(b) 乙一〇、一一号証は、本件土地の入会集団が、櫟立木を伐採・換価し収益を挙げたものを、黒川部落民に恩恵的に使用させたものの記録がなされ、これが実に多数回に及んでいるが、一度たりとも被上告人と分収した事実がないことを裏付けているものである。この一事からも、本件入会地につき分収の慣行が存在していないことが明らかであり、前記統一条件は、反故となって何らの効力がないものとなっていることを物語るものである。要するに本件土地についての入会権は、分収を伴わない立木の入会権者による全収的利用・収益を内容とするものである。

(c) 中尾鑑定では、地盤所有者が地代を収受するのは不当ではない旨述べられている部分があるが、これは一つの見解であって、上告人らが有する本件入会権の内容をいっているものではないことは明らかである。本件入会権の内容については、前述のとおり分収の伴わない使用収益権であり、これが或る時から突然分収を義務づけられる権利内容に変化することはあり得ないことである。勿論、入会権者が分収を承認し、かつそのように取り扱ってくれば、それは入会権の内容を規定する慣習が変ったことであって、入会権もこれによってその内容が変えられたことになるのは当然である。しかしながら、本件入会権については、そのような慣習の変化も行われておらず、今日まで分収の伴わない権利内容であることは、すでに述べたとおりである。

(三) 原判決は、右のように本件において分収した事実を裏付ける証拠は全くなく、逆に分収していない事実を裏付ける確固たる証拠があり、本件入会地従ってこの地域においては分収しないことを内容とする慣習が存在するにも拘らず、原判決は証拠の取捨・選択を誤り、経験則にも違反してあたかも分収の事実があるかのような誤った認定を行ない、これに対して入会地の地上立木の所有権帰属についての前従の誤った全く独自の見解を適用して誤った結論を出している。このことは、入会権に関する法令の解釈・適用、特に法令の適用の誤りを犯していることになる。また経験則違反、すなわち、経験則を著しく不当に適用し、その結果、違法に事実を認定しており、このことは、経験則違反による法令違反にも該当するものである。

第二点<省略>

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